大人になるというのは
すれっからしになることだと
思い込んでいた少女の頃
立居振舞の美しい
発音の正確な
素敵な女のひとと会いました
そのひとは私の背のびを見すかしたように
なにげない話に言いました
初々しさが大切なの
人に対しても世の中に対しても
人を人とも思わなくなったとき
堕落が始るのね 墜ちてゆくのを
隠そうとしても 隠せなかった人を何人も見ました
私はどきんとし
そして深く悟りました
大人になってもどぎまぎしたっていいんだな
ぎこちない挨拶 醜く赤くなる
失語症 なめらかでないしぐさ
子供の悪態にさえ傷ついてしまう
頼りない生牡蠣のような感受性
それらを鍛える必要は少しもなかったのだな
年老いても咲きたての薔薇 柔らかく
外にむかってひらかれるのこそ難しい
あらゆる仕事
すべてのいい仕事の核には
震える弱いアンテナが隠されている きっと……
わたくしもかつてのあの人と同じくらいの年になりました
たちかえり
今もときどきその意味を
ひっそり汲むことがあるのです
もし本当に誰かのことを知りたいのなら、その人がストレスを抱えているときに会うことです。その人が最悪の状態にあるときに会うことです。もちろん、それですべてがわかるわけではありませんが、貴重な洞察を得られることは確かです。
もっとも重要なことは、その後その人と付き合っていく中で起こりそうな衝突の種類がわかるということです。現代に生きる私たちは、「この人とは合わない」という判断を下すのが早すぎます。
問題は必ずしもどれだけ共通点があるかということではなく、不和が生じたときにどれくらい深刻な事態に発展するかということです。今週末はそのことを覚えておいてください。
On Off and Beyond: Googleストリートビューに思う日米の距離感の差
あぁ、これって東浩紀さんも情報環境論(『コレクションS』に収録)で似たようなこと言っておられたなぁ。こういうのは凄く納得できるけど、そうなると GSV の問題というのは「個別に対処」で終わっちゃう気がするな。まぁそれでもいいんだけど。
(via hexe)
(via otsune) 2008-08-21 (via gkojay)
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こいつと一生つきあっていこう、と決めたこと、
こいつがなければ俺はない、とさえ言うようなこと、
そういうものとのつき合いのうちに、
「ずっと好きでいる」ことが無理だ
というような局面があるものなのだ。
そういう、人間の弱さとか、こころの揺れを、
しっかりと自分で感じられて、
そのうえでしかも、好きであることを続けられる
‥‥というのが、
「ずっと好きでいる」ということだ。
第10回 富野監督、アムロになれます? 僕は! | R25 (via tnoma)
これいいこといってる。
(via yamato) 2009-08-25 (via gkojay) (via jabberokkie) (via fukumatsu) (via yoshitsuchi)
どういう不審者がいるかは覚えきれないほど情報が垂れ流されるが、
危ない池や海などには近づくなと子供達は教えられる。
でも、子供だから、そういうところに近づいて着衣したまま落ちるのがいる。
だから、泳げる子でも溺死することがある。
交通ルールで信号を守れ、左右を確認しろと子供達は教えられる。
でも、ひき逃げされたら、どうしたらいいか誰も教えない。
自動車学校でも安全運転しろと教えるが、事故を起こした後どうすればいいかは教えない。
この日本では、親も学校も「いい学校に行け」「いい会社に入れ」ばかり言う。
でも「落ちた」ときにどうしたらいいか、学校も親も誰も教えない。
だから、「落ちた」らどうしていいかわからない。
真面目に勉強した奴ほどわからない。
「他人に迷惑をかけるな」と子供のころから言われ続けるが、
他人に迷惑をかけられたら、どうしたらいいのかは一切言われない。